アクナーテン
Akhnaton

戯曲執筆:1937年
戯曲出版:Collins 1973年
米初版:Dodd Mead 1973年


アクナーテン (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

内容

古代エジプト第十八王朝の王アメンヘテプ四世(アクナーテン)は、勢力を増すアメン神の神官団排除のため、太陽神アテンを唯一神とする宗教改革を断行。その歴史的事件をベースに、若き王アクナーテンと美しい妻ネフェルティティの愛と、民に自由を与えるはずの彼の企てが無残に崩壊する様をドラマチックに描く
(早川書房 クリスティー文庫)

美と平和を愛する若き王アクナーテン、美しい王妃ネフェルティティ、暗躍する大神官メリプタハ、国家のために主君を裏切る将軍ホルエムヘブ、伝統信仰の復興を誓うツタンカーメン――古代エジプトの宗教改革とその悲劇を描き、著者自身「わたしの大好きなものだった」と述懐した波瀾万丈の歴史ロマン! 考古学者の夫の発掘調査に同行して、オリエントに関する作品を次々に発表していた時期に書かれた幻のオリジナル戯曲
(早川書房 ハヤカワ・ミステリ文庫)



場面

2場3場4場
第1幕1場アメン市(テーベ)にあるアメンヘテプ3世の王宮の前庭
2場王宮の一室(3年後)
3場アメン市から300マイル下流のナイル川土手(1ヵ月後)
第2幕1場旧アメン市のナイル川土手(8年後)
2場アケトアテン(地平線の都)の王宮のパビリオン(6ヵ月後)
3場アケトアテンの王宮の一室(1年後)
第3幕1場王宮のパビリオン(3年後)
旧アメン市の街路(6ヵ月後)
大神官の家の一室(同日)
アケトアテンの王宮の一室(1ヵ月後)
エピローグ

登場人物

女1
男1
女2
男2
老婆
衛兵
メリプタハアメンの大神官
ミタンニ王の使者
ホルエムヘブアクナーテンの友人。若い将校
先ぶれ
ティイアメンヘテプ3世の妃
アクナーテン後のアメンヘテプ4世*1
王室の書記
ヌビア人の召使
アイ神官
ネフェルティティアクナートンの妃
ネゼムートネフェルティティの姉
パラネゼムートの侍女でエチオピア人の小人
ベク王室お抱えの彫刻家、建築家
プタハモースアメンの若い神官
ツタンカーテン後のツタンカーメン
衛兵隊長
男女の農民、兵士、衛兵、若い彫刻家、その他大勢

*1 ハヤカワミステリ文庫ではアクナーテンを“後のアメンヘテプ4世”としているが、これは間違い。アメンヘテプ4世が改宗して、名前をアクナーテンに変えたのである。

蛇足

アクナートンは古代エジプト新王国第18王朝のファラオです。日本国内の書物では“アケナテン”、“イクナートン”と呼称されることが多いようです。父はアメンヘテプ3世(僕は学生時代、このファラオの王墓を発掘調査に行きました)、母はティ(表音としては“Tiy”が正しいと思います)。

彼は“世界最古の宗教改革者”という点で、エジプト史上まれにみる個性的なファラオといえるでしょう。当時のエジプトでは、首都テーベでアメン神神官団が勢力を誇り、王室にかなりの影響力を及ぼしていました。
彼は宗教改革を断行し、多神教に立脚するアメン神からの脱却を図ります。アメン神(アンモナイトやアンモニアの語源だったりします)を含む多神教を排除し、太陽神アトンのみを信仰する一神教に移行しようとしたわけです。当初彼はアメンヘテプ(「アメン神は満足する」)4世として即位したのですが、王名もイクエンアテン(「アテン神に有用な者」)に改名します(治世第5年)。さらに治世6年目には、宗教的伝統の強い都テーベを捨てて、自分の支持者とともにテーベの北方約480kmの地、現テル・エル・アマルナに遷都し、ここをアケトアテン(「アテンの地平線」)と名づけました。この時代、“アマルナ時代”という自然主義的傾向の強い美術品群が残されています。ただ、アクナートンは宗教改革に専心するあまり、ヒッタイトの南下、アッシリアの興盛といった海外の動きに対応できず、外向的にはアジア(中東)における勢力の縮小を招く結果となりました。

アクナートンの後を継いだのが少年王トゥトアンクアテン(「アテンの生ける像」)です。9才前後で即位したため、アトン神信仰を維持できず、アメン神官団の圧力に負けて、後にトゥトアンクアメン(「アメンの生ける像」)と改名しています。これを英語風に読むとツタンカーメンとなるわけです。

ホレムヘブはツタンカーメンの将軍でしたが、王が18歳で死亡した後、宰相アイに続いて王位に就きます。彼はその在位期間の多くを、アトン宗教改革運動の払拭に費やすことになります。

翻訳履歴